2023年度
が牧師になって最初に洗礼を授けた方。東京と愛知では遠距離だから、同
じ主を見上げて、共に礼拝できるなんて、想像もしてなかった。だから本
当にうれしかった。礼拝が終わって、昼食、夕食を共にしながら、それで
もまだ話は尽きなかった。
キリストに続いて復活させていただく救いの喜びを、前倒しで味わう。
の礼拝で、多くの信仰の先輩方と再会できる。パウロやペトロに会えるか
も。イヤイヤ、そんなことより、時空を超えたすべてのキリスト者が、主
の御前に集められ、高らかに讃美の声を合わせながら、父、子、聖霊なる
神を、共に仰ぎながら、共に礼拝できる。ハレルヤ。
5もはや、夜はなく、

のくらい人を殺してきたことか。意識しようがしまいが、息を吐くように、
罪を吐き出してきた。
ご自分の命を献げ尽くしてくださった。
抱きしめて、愛してくださっている。
になって、キリストを求めているのだろうか。十字架のキリストの赦しを、
キリストの抱擁を、キリストの愛を慕い求めているのだろうか。
る熱さを、どうか与えてください。
16熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、

野をさまよった。彼らの旅路には多くの困難があったが、神は彼らに昼は
雲の柱を、夜は火の柱を与えて、彼らを導き、照らし、守られた。40年間
は古代人の一生涯にあたるだろう。(出エジプト記13章21~22節を参照)
えてくださった。十字架のキリストだ。
たらす。十字架のキリストがおられなければ、私達に罪の赦しも、復活の
命の希望もない。でも神は私達に、十字架のキリストを与えてくださった。
んな私達と共にいて、私達を何度でも赦して、何度でも愛して、何度でも
復活の命に導いてくださる。
罪人を大胆に愛し抜いてくださる全能の神が、私達の人生を共に生きてく
ださる。十字架のキリストと言う命の希望に照らされ、導かれて、守られて
いるから、御国に入るまで、私達は雄々しく今日も出かけて行ける。感謝。

師が語った。地区の牧師の年齢を平均したら、高齢に傾く。そのためか、
体調不良の報告もあった。
当然である「心身の衰え・老化」という現実を今、目の当たりにして、本
気でジタバタしている。
時、思わず手すりに頼る。長く歩いていると、股関節が悲鳴を上げる。
びついてしまったのかも知れない。
イヤ、そんなことがあってたまるか。次第に、また確実に衰えて行く心と
体と頭。この厄介さを担いつつ、与えられた命の時間を愛して、生きて行
けるか。
心配しなくて良い。十字架のキリストが両手を広げ、私達の右も左も上も
下も、ガッチリ支えてくださっている。それを確信して生きるのが、これ
からも人生だ。
だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、

したことで、エジプトは大飢饉に備えることができて、多くの民が救われ
た(創世記41章を参照)。
いる。「イエス様の十字架と復活」だ。
献げてくださった。しかし三日目にイエス様は死を超えた永遠の命と体と
共に復活された。そして十字架の死と復活を信じる人々に、ご自分と同じ
命と体、罪のない神の子供の資格を与えると約束してくださった。
の反対にあるのは滅び。すべての人を滅ぼすものとは罪だ。罪は死の棘。
地雷のように、人は皆、罪に触れて自爆する。
を覆った。しかしイエス様は死から復活して、永遠の命と体を世に現わし
た。それを聖書は証言する。
救いの未来に向けて、日々、信仰のボートを漕ぎ出せば良い。
せ、福音を宣べ伝えながら、本物の命の救いに向けて、日々、私達は信仰
のボートを漕ぎ出せば良い。

中学生まで日本で生活していたウクライナ人の動画をチャンネル登録し
て、聞いている。その彼が来日して大阪や東京で、24、25日の土日にオフ
会をする。
中、警報が鳴らず、IDを携帯しなくても自由に外出ができる」など、来
日の感想を率直に語った。それらは私達が見慣れている日常だ。しかし
ウクライナでの日常は、日本での日常ではない。全くの別物になってい
る。
れば、ウクライナは無くなる。しかし国力の差は圧倒的だ。それを日々
体感している彼が、動画を通して語る一言一言が胸に突き刺さる。
「『これからも』と言われても、8~9割を既に消耗している」。
「戦争の対価が、高過ぎる」。
「どうなるか分からないから、今日を楽しむ」。
い。私達は無力だけど、無関心になりたくない。平和な日常を求める祈
りを、日本から送り続けて行こう。
6助けを求めてあなたに叫び、救い出され

「家族が皆、自分にひれ伏す」夢を見たと告げた。ヨセフは傲慢だが、
後に彼はエジプトで奴隷となって働き、冤罪で投獄される。だが彼の夢
解きの力で、エジプトが飢饉から救われ、彼の家族もエジプトに避難し
て来て救われる。(創世記37~45章)
込めた。それは試練を通して、従順な神の道具に打ち直してから、ヨセ
フを用いるためだ。
神の御子なのに、徹底的に神に打ち直され、人となり、全人類の罪を背
負ったまま「神に呪われた者」として十字架で死んだ。神の救いの道具
となるために、キリストは誰よりも低くなることに徹した。それはなぜ
か。
ておられるからだ。
るほど、神は何でもする。今度は神の愛を知った私達の番だ。隣人の救
いのため、神の愛と救いを現わす道具として、今度は私達の人生が用い
られて行く番だ。
ユダヤ人からだけでなく、
異邦人の中からも召し出してくださいました。

中村哲さんは医師だが「医療の前に食糧を」と、砂漠地帯における灌漑
工事をアフガニスタンの人々と共に行っていた。見渡す限りの砂漠地帯
が、灌漑により緑豊かな土地に変わって行く映像に驚いた。しかし2019
年12月4日、中村哲さんは、何者かによって射殺された。
のだが、それでも映画を見ていた私達の心は、大いに揺さぶられた。
の大仏を見た彼が「本当は誰が私を壊すのか」と、大仏の声なき声を記
している。
そして狂気のリングの前に立つ人たちは殺される。それでも、その前に
立ち続ける人たちがいる。罪と言う狂気のリングの前に立ち続けた人た
ち、「十字架のキリスト」に続く人たちがいる。
荒れ野を湖とし
日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、
わたしのために命を失う者は、それを救うのである。」

今までとこれから」。オンライン参加者には、子育て最中の若い教職の
方々もいた。
に3年編入の神学生で、女性は2人だけだった。しかも神学校では、子育
て最中の主婦の入学は、私が初めてだったらしい(子供は小学校1年生)。
神学校時代の4年間、通学の往復4時間を含め、学業と家事の両立は、近
所に住む主婦仲間の支えがあってこそだった。
長引き、体力が戻らなかった昔を思い出して「そうだよね」と納得。そし
て更に、夫である牧師への育児休暇の要望も、最後に出た。
んじゃなくて、夫婦で寄り添いながら、教会の祈りと応援を受けて、教会
全体で子育てが出来たら、本当にうれしいし、幸せだ。そんな日が早く来
ますように。
「わたしの名のためにこの子供を受け入れる者は、

駅から大学まで坂道が続く。坂道が凍結していたり、雪が積もったりして
いたら、普通のパンプスだと、滑って危ない。そこで前日、靴底がゴツゴ
ツの黒靴を買った。しかも外反母趾も余裕の5E。初めて見た。5Eの靴
なんて。まぁ、デザインとか贅沢を言える身分じゃない。「機能性よ。機
能性が大事」と自分に言い聞かせた。
いたので、礼拝前の祈祷会にも参加することができた。教職員が礼拝前に
数人集まり、学生のため、大学のために祈りを合わせている。
的に教職員から祈られている学生って、なんて幸せなんだろう。祈りがあ
るって、そこに神の愛があるってことだよね。雪だったけど、幸せで、あ
たたかい朝だった。
8何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。

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