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坂の途中から2021年10月24日 中島 善子
 夏、アメリカにいる友人から「Walk with God」と刻まれた小さな木彫り
の置物と「希望していた仕事に就職できました」という手紙が届いた。
礼儀正しく、親切で、まじめな信仰者だ。アメリカの大学院で学んだ後、
就職活動をしていた。でも希望する職種が特殊で、就職先が見つからず、
くじけそうだった。それでも辛抱強く研鑽を積みながら、前を向いて歩き
通して、手にした念願の職場。私は大喜びで返事を送った。
 そして今週、仕事が順調に進んでいること。職場の仲間とも良い関係が
築けていること。住居も快適で精神的にも良好との報告が来た。添えられ
た写真には「顔のないネコ」の落書きの横に「顔無し」という日本語。職
場のハロウィンの飾りだとか。仲間と楽しく仕事ができていることが伝わ
ってきた。たくさん苦労したけど、山ほど報われて、本当に良かった。
 今日、改めて「Walk with God」の木彫りの置物を見たら、細かく刻まれ
た文字の最後に、詩編37:28とあった。

28主は正義を愛される。
主の慈しみに生きる人を見捨てることなく
とこしえに見守り
主に逆らう者の子孫を断たれる。
詩編37編28節

さっちゃん

坂の途中から2021年10月17日 中島 善子
 新聞に美容院の広告が入っていたので、そこに行くことにした。歩き出
してから、スマホもタブレットも持っていないことに、気がついた。広告
の地図を見たから「大丈夫!」と路面電車に乗った。車内の人たちは手に
したスマホに目つめているけど、スマホがない私は車窓の景色に見とれて、
あっという間に終点。
 歩いて美容院を探したら、美容院がない!駅前にあるはずなのにない!
こんな時、スマホがあったらと思ったけど、あきらめないで駅の案内で聞
くと、係の人が丁寧に教えてくれた。確かに美容院は駅前にありました。
探した所ではなく、駅の反対側にありました。
 初めての美容院は親切だった。店内使用のマスクは耳にかけるのではな
く、頬に貼り付けるタイプで便利。カットだけの客なのに、色々配慮しな
がら対応してくれた。「またお願いします」と言って帰ってきた。
 利便性を追求すると、人より機械の方が効率が良い。人を相手にすると、
面倒なことも多い。でもねぇ、効率だけじゃ物足りない。人と人が向き合
い、生きた言葉や感情を互いに交わし合えるって、やっぱり捨てがたいわ。

15喜ぶ人と共に喜び、
泣く人と共に泣きなさい。
ローマの信徒への手紙12章15節

さっちゃん

坂の途中から2021年10月10日 中島 善子
 10月に入ったのに、部屋にいる時は短パンに半袖。ありえない。
今もクーラーのお世話になり、寝る時も相変わらず敷布団だけで、掛け布
団も毛布もいらない。9月末になったら、暖房をつけていた今までとは違っ
て、厚手の冬物も不要みたい。ラッキー!
 教会にキンモクセイの木があるのを見つけて、秋になるのを待ち焦がれ
ていた。でも暑さのせいなのかキンモクセイが咲かないまま9月が過ぎて
しまった。だから10月に入って、キンモクセイがチラホラと咲き出したの
を見つけて、うれしかった。黄色の小さい花をつけている細い枝に、セミ
の抜け殻がまだくっついている。1本の枝に「夏と秋」2つの季節がコラ
ボですよ。いいですねえ。
 教会の玄関、そして牧師館の机の脇にも、キンモクセイの小枝を切って
飾った。人工的な香りではなく、自然で清々しい良い香りを思いっきり体
中に吸い込ませた。とっても心地いい!コロナの症状の1つは香りや味が
分からなくなるとか。コロナの感染者が最近になって減少しているようで、
油断できないけど良かった。まだ続きそうな連日の暑さのおかげで、キン
モクセイの良い香りをしばらく楽しめるかも知れない。これは儲けた!!

18わたしはあらゆるものを受けており、豊かになっています。
そちらからの贈り物をエパフロディトから受け取って満ち
足りています。それは香ばしい香りであり、神が喜んで受
けてくださるいけにえです。
19わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イ
エスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たして
くださいます。
フィリピの信徒への手紙4章18~19節

キンモクセイ

坂の途中から2021年10月3日 中島 善子
 若い彼女は、小さい子供たちを抱えて必死だった。どう生きたら良いか
分からず、弱り果てた彼女。そして思い切りキリストの中に飛び込んだ彼
女と一緒に、十字架のキリストを仰いで、キリストの導きを祈って、キリ
ストご自身を求め続けた。
 「水を得た魚」とでも言うべきか、キリストと出会ったことで、彼女も
子供たちも、あれよあれよという間に、たくましく優しく、キリストに
よって変えられて行った。
 転居しても連絡が届く。先日は、子供のピアノの発表会の写真が添えら
れていた。心配していた子供は背が伸びて、成長していた。彼女もピアノ
を練習をして、発表会でラフマニノフを弾いたという。嬉しかった。また
彼女は先日、高卒認定試験に合格した。子育てで忙しいのに驚いた。更に
保育士の資格を得るために、通信教育で、短大で学ぶことを希望している。
このことを聞いて泣いた。本当に本当に嬉しかった。
 自分にも、他人にも、まだ見えていない、その先がある。豊かな希望が
ある。キリストが握りしめておられる確かな希望がある。

30後半「神の国を何にたとえようか。
どのようなたとえで示そうか。
31それは、からし種のようなものである。
土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、
32蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、
葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」
マルコによる福音書4章30節後半~32節

さっちゃん

坂の途中から2021年9月26日 中島 善子
 暑さが少し和らいで来たので、子供の礼拝で、黒の上着を着た。あれ?
変な感じ。上着がキツイ。ショック。おやつの食べ過ぎかなとも思うけ
ど、バカ食いしているわけでもない。
 シャワーを浴びる前に、毎回、ヘルスメーターに乗って、体重をチェッ
クしている。増える時はポンと1キロくらい、軽々と増えるのに、減る時
はチマチマチマチマと、100グラムずつしか、減って行かない。その結
果、今、どうなっているかと言うと、豊橋に来てまだ半年足らずなのに、
体重が確実に2キロ以上は増えている!!牛乳パックを手に持ちながら、
増えた脂肪の重みを体感してみる。これって、やはり運動不足ですか。
 コロナのこともあって、基本的に外には出て行かないようにしている。
室内で木刀の素振りとか、軽い運動はしているけど、やはり自分には甘
い。ずるずるずるずると、自分に甘くなっている。

_7二つのことをあなたに願います。
わたしが死ぬまで、それを拒まないでください。
_8むなしいもの、偽りの言葉を
わたしから遠ざけてください。
貧しくもせず、金持ちにもせず
わたしのために定められたパンで
わたしを養ってください。
_9飽き足りれば、裏切り
主など何者か、と言うおそれがあります。
貧しければ、盗みを働き
わたしの神の御名を汚しかねません。
箴言30章7~9節

さっちゃん

坂の途中から2021年9月19日 中島 善子
 友人の誕生日が近いから、何か良い物がないかなと、銀行で用事を済ま
せた後、豊橋駅前で探した。いつもなら相手の好きなもので、記念に残る
ものを探すけれど、今年は違った。19年ぶりの引越しの荷造りで、荷物の
多さに本当に閉口したからだ。仕事上、本が多いのは仕方がない。それで
も引越し前にかなりの本を処分してきた。でも荷物は本だけじゃない。生
活必需品じゃないけど捨てられないもの、しかも他人が見たら「なんじゃ
これ?」と、笑われるようなものが(私にとってはお宝なのです)結構ある
のだ。
 でも今年、引越しの片づけをして思った。残り時間は多くない。後片付
けで面倒かけたくないから、「とにかく荷物は減らそう」と。
買い物も「無くなったら買う、捨てたら買う」と決めた。
 結局、友人の誕生日には花とお菓子を送ることにした。誕生日のカード
を添えて。消耗品だから残らないし、友人の心にだけ残ればラッキー。
何よりも友人がいることがラッキー!
 そして今、願っていることは、キリストを心から愛して信頼する信仰の
身支度。信仰はどんなに大きくなっても荷物にならないし、他人に面倒を
かけることもない。それどころか、信仰は愛する人をどこまでも限りなく
支え続ける豊かで、確かな力だ。

06あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたの
ですから、キリストに結ばれて歩みなさい。
07キリストに根を下ろして造り上げられ、
教えられたとおりの信仰をしっかり守って、
あふれるばかりに感謝しなさい。
コロサイの信徒への手紙2章6~7節

さっちゃん

坂の途中から2021年9月12日 中島 善子
 夏物が安くなってきた。格安のTシャツを買うため、ユ〇クロであれこ
れ品定めをしていたら、A牧師からLINEで「今日、教師会があるけど」と
連絡が入った。あ、しまった!すっかり忘れていた。あわてて教会に戻っ
て、あわてて着替えて、とっくに遅刻だけど、豊橋教会に駆け込んだ。初
めて伺う教会なのに。大遅刻。大失敗。
 罪について議論されていた。教会では罪について必ず取り上げられる。
でも罪って、教会に限ったことなのか。そうではないはず。神が触れるこ
とさえ禁じていた「善悪を知る知識の木」から最初の人が木の実を食べて、
すべての人が神の正しさではなくて、自分の正しさを主張する者、神に背
く者、そして家族も、他人も、自分も、神も、愛することができない罪人
になった。だから罪は、すべての人が感染している「死に至る病」だ。
 でもイエス様が十字架の死と共に罪を滅ぼして、死の中から復活された。
そして「死に至る病」から、すべての人を救い出す命綱となられた。この
イエス様を信じて、洗礼を受けた者は、命綱であるイエス様と1つに結ば
れている。唯一の命綱のイエス様が教会で、両手を広げて、すべての人を
招いておられる。飛び込め!イエス様の中に。思い切って飛び込め!遅刻
しても良いから、飛び込め!

04わたしにつながっていなさい。
わたしもあなたがたにつながっている。
ぶどうの枝が、木につながっていなければ、
自分では実を結ぶことができないように、
あなたがたも、わたしにつながっていなければ、
実を結ぶことができない。
ヨハネによる福音書15章4節

さっちゃん

坂の途中から2021年9月5日 中島 善子
 痛い話を3つ。まだまだ半袖しか着られない暑さが続いている。まぁ、
それは良いのだけども、両腕が傷だらけなのが恥ずかしい。我が家のお猫
様は、野良だったのを保護した猫だ。だから警戒心も強いし、おとなしく
爪も切らせてくれないから、私の腕は引っかき傷だらけだ。すごく痛いし、
傷ついた腕をつきつけると、お猫様は顔をそむける。家にいる時はすっか
り忘れてるけど、外に出る時は腕を隠したい。長袖が着られる季節が早く
来ないかなぁ。
 うっかり舌を噛んでしまった。それほど痛みはなかったけれど、鉄っぽ
い匂いと味で気づいた。ティッシュで何度も拭きとるけど、なかなか血が
止まらない。時代劇で舌を噛んで自死する場面を見たことがあったけど、
舌の傷は血が止まりにくいのだろうか。だから自死する時、舌を噛む設定
にしていたのだろうか。幸いにも私の舌の血は、忘れた頃には止まってい
た。
 仕事をしている机にわざと、お猫様が乗って寝るようになった。しかも
体の下に聖書とか抱えこんで寝ている。おとなしく寝ているだけなら、
まぁ許してやる。そして夕食をとろうとして机を離れた途端、ビリビリと
いう音がした。あーーーー!!ギリシャ語聖書をさっちゃんが破いた!
コラーッ!破けた聖書の紙きれが床の上に落ちている。これは痛い。痛す
ぎるよぉ。

13わたしは主、あなたの神。
あなたの右の手を固く取って言う
恐れるな、わたしはあなたを助ける、と。
14あなたを贖う方、イスラエルの聖なる神
主は言われる。
恐れるな、虫けらのようなヤコブよ
イスラエルの人々よ、わたしはあなたを助ける。
イザヤ書 41章13~14節

さっちゃん

坂の途中から2021年8月29日 中島 善子
 豊橋に来て、5か月近く経つ。礼拝を献げることは、いつも通りだけど、
生活スタイルが大きく変わってきた。堅く締めつけていたネジがゆるんで
しまったような、そんな感じ。コロナのため会議や研修会など、あちこち
出かけていくことがなくなったし、泊りがけの出張にも行ってない。でも
それが理由というより、今までの生き方とは根っこから違っている気がす
る。これまで24時間を隙間なくミッチリ埋め尽くすように生きてきた。
遊びに行くにしても、休むにしても「それが必要だ」と言う理由を、言い
訳を、無意識の内に心に刻みつけながら生活していた。
 なぜそんなことをするのか。「うしろめたい」からだ。別に他人から何
か言われるわけではないけど「うしろめたい」。理由や言い訳がないまま
だと心が苦しくなる。信仰をもつ以前からの、小さい時からのクセだ。
「ドンマイ!」とか、人には言うくせに自分には言えない。言えてなかっ
た。
 父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨
を降らせてくださる(マタイによる福音書5章45節)
とイエス様は言われた。
無条件で赦されていること、愛されていることを、喜んで受け取れば良い
だけだ。そのことを説教でも、ずっと語り続けて来た。そのことが今、自
分の中に、ちゃんとある。なぜそうなったのか、ぜんぜん分からないけど。
今、楽だわ。すごく楽になった。

01何事にも時があり天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
11神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に
与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極
めることは許されていない。
コヘレトの言葉 3章1節、11節

さっちゃん

坂の途中から2021年8月22日 中島 善子
 ギリシャで気温が50度近くなり、自然発火の火災が起きている。また長
引く豪雨の被害が、日本各地に広がっている。神様は世界を造られて「極
めて良い」と言われた。だが人は神様に造られたにもかかわらず神様を裏
切り、エゴにおぼれ、瀕死の状態のまま死へと暴走し、世界を道連れにし
たまま、自分も滅びつつある。
 なのに神様は人を諦めない。それどこか「世界を回復させる器」として
人を用いる。神様はご自分の御子を人の姿で世に遣わして、「十字架によ
る罪の赦し」と「死からの復活」をこの世に現された。
 キリストの「十字架の死と復活」。これはキリストに宿る「罪の赦しと
復活の命」を人に移植して救う「神様の愛による大手術」。だからキリス
トの「罪の赦しと復活の命」を移植された人の中で、「神様の愛」そして
「キリスト」が、生きて働き出す。この恵みを信じて受け取ったのが、信
仰者であり、教会。「神様の愛の移植」「キリストの移植」は、終わりの
日まで、世界中に広がっていく。キリストを移植され、キリストの弟や妹、
キリストの家族とされた人々を通して、キリストの遺伝子、神様の愛の遺
伝子が、世界中に広がっていく。
 荒んだ世界を見渡すと、私達は無力に思える。でも私達を通してキリス
トが、神様の愛が、神様の確かな救いの意志が、この世界で生きて働いて
いることを信じる。

29神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たも
のにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が
多くの兄弟の中で長子となられるためです。
ローマの信徒への手紙 8章29節

さっちゃん

坂の途中から2021年8月15日 中島 善子
 若かった時「ふたりのイーダ」という映画を見た。子供が2人と動いて
しゃべる椅子が登場するファンタジックな映画だと思って見ていたら、息
がつまるほど衝撃的で、忘れられない内容だった。映画を見た後に、映画
の原作を文庫本で買って読んだ。文庫本は「龍の子太郎」が一緒になって
いた。アレ?と思って良く見たら、著者は児童文学作家の松谷みよ子氏だ
った。「ふたりのイーダ」のDVDはないと思うけど、もう一度どうしても、
見てみたい映画だ。原作の文庫本は捨ててないから、日に焼けて本棚のど
こかに並んでいるはず。本気で探してみよう。
 1~2年ほど前、ナチスによる虐殺などを書いた「私で最後にして」とい
う本を買って、これも再び読もうと探しているけど、見つからない。引っ
越しのどさくさにまぎれてしまったのだろう。でもどこかにあるはず。
 オリンピックが終わった。多くの国をまたいで選手が競い合い、勝者と
敗者が決まって、泣き笑いの姿がたくさん報道されていた。戦争でも、勝
者と敗者が決まるのだろうか。というより戦争に勝者なんているだろうか。
どんなに時間が経っても、痛みも、苦しみも、悲しみもないままに、喜ん
で、笑っていられる戦争の勝者なんて、この世にいるだろうか。

04主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし
槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず
もはや戦うことを学ばない。
イザヤ書 2章4節

さっちゃん

坂の途中から2021年8月8日 中島 善子
 数年前の8月、ある方の葬儀を行った。遺族の方が遺品の手紙を見せて
くださった。召された方は広島で原爆雲を目撃した。手紙に「外側が真っ
白、中がサーモンピンクで、見とれるほどの美しさだった」とあった。白
黒写真でしか見たことはなかったけど、今年、新聞に載ったカラーの原爆
雲の写真を見て、本当にピンク色なんだと思った。でも見とれるほどの美
しさの下に、地獄のような広島の町が現実に広がっていた。
「余りにも美しい物とそれが犯した罪。これ以上ないほどの悲惨な有様の
両方。神様はなぜか私に、両極端を見せた」と遺品の手紙には書いてあっ
た。
 心と体に刻まれた負の遺伝子を抱えて、多くの人が戦後を生きてきた。
今では戦後生まれが圧倒的に多い。今年のカレンダーには、新しい記念日
がいくつもできたけど、8月6日、9日、15日には何も記されていない。
「忘れろ、忘れろ」と日本中で、世界中で、闇の声がささやいている気が
する。でも神様は忘れない。

15女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。
母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。
たとえ、女たちが忘れようとも
わたしがあなたを忘れることは決してない。
_16前半見よ、わたしはあなたを
わたしの手のひらに刻みつける。
イザヤ書 49章15~16節前半

さっちゃん

坂の途中から2021年8月1日 中島 善子
 銀行の住所変更手続きをするために、豊橋駅付近に出かけた。路面電車
に乗って行った。路面電車に乗るのは、これで2回目だ。ドアが開くと、
乗り降りがしやすいように、ステップが出てくる。バスとも違うし、普通
の電車とも違う、のんびりとした速度。排気ガスも出さずに、道の真ん中
を走るのが優しい。 そして運賃が全線180円という分かり易さも、イイネ。
 銀行に着いたけど、ATMだけで、店内に入る戸が閉まっている。あれれ?
まだ3時前だよな。ふと見ると、ドアに営業時間の案内が貼ってあった。
「11:30~12:30はコロナ対策でお休み」とのこと。普通、銀行の営業時間
は午後3時までで、役所や郵便局よりも早く閉まってしまう。でも今、銀行
では昼休みを取るようになっていたんだ。知らなかった。
 ヨーロッパでは客がいても、午後のある時間になると、さっさと店を閉
めてしまうのを何度も経験した。「商売っ気がないなぁ」と思う反面、日
本では年中無休の店や会社が珍しくない。便利なようだけど、人としての
働き方、生き方としては、どうなのだろう。
 路面電車に乗って帰って来たら、東京のコロナ感染者が3000人を越した
という報道を聞いた。東京はこの酷暑の中でオリンピックの真っ最中だ。
いつもより混雑する中を通勤して、働かなければならない人たちが、どう
かどうか無事でありますように。

31弱者を虐げる者は造り主を嘲る。
造り主を尊ぶ人は乏しい人を憐れむ。
箴言 14章31節

さっちゃん

坂の途中から2021年7月25日 中島 善子
 ネットを見ていたら精神科医が、①休むこと ②睡眠をとること③15分
でも良いから、朝の散歩をして、セロトニンを増やすことを勧めていた。
なるほどねと思った。
 別に休日は設けていないけれど、豊橋に来る前の生活と比べたら今は本
当にゆっくりと生活しているから①はまず大丈夫。
 ②は、布団に入ってもなかなか寝つけないけど、うつぶせに寝る私にピ
ッタリな枕を見つけて、思い切ってネットで注文した。これで②も大丈夫
のはずだ。
 ③は朝でも暑いし、外に出て朝の散歩はキツイなぁとためらう。
 そこで、今までは熱風が少し収まる夕方を待って、バラの植木鉢の手入
れをしていたけど、朝、起きたらすぐ庭に出てバラの手入れをすることに
した。暑くても庭だから、着替える必要もなくていい。これならズボラな
私でも続けられるかなと、起きてすぐバラと向き合う。すると私は、たち
まち蚊の餌食になった。
 「あんたたちの出番は夕方からじゃなかったの!」と思ったけど蚊には
通用しない。セロトニンはどうなったのか。その日のうちにホームセンタ
ーに行って、蚊取り線香を買ってきたのは言うまでもない。

02主よ、我らを憐れんでください。
我々はあなたを待ち望みます。
朝ごとに、我らの腕となり
苦難のとき、我らの救いとなってください。
イザヤ書33章 2節

バラ

坂の途中から2021年7月18日 中島 善子
 朝から気温が30度を超しているのを見て、「え、マジですか?」。
汗をかきにくい体質もあって体内に熱がこもり、元々ボンヤリしている頭
が、余計にボンヤリしてくる。地球温暖化に加担して後ろめたいけれど、
背に腹は代えられなくて、クーラーのお世話になっている今日この頃だ。
 東京の教会では牧師館がなかったため、バスや電車を乗り継いで通勤し
ていた。そして夏でもスーツを着て通勤していたことを思い出して、20~
30年前の東京より暑くなっていることを、改めて実感している。今はスー
ツを着て、混んだバスや電車で通勤することもないし、教会や牧師館では、
クーラーを使わせていただいている。後ろめたいけど有難い。
 昔から夜型で、朝の5時頃に仕事を終えてから寝るという生活をずっと
していた。だから日曜の礼拝前まで徹夜なんてことは、ざらだった。でも
豊橋に来てから、お猫様のさっちゃんが夜の9時を過ぎると、私のそばで
アクビをするようになった。勝手に一人で寝てくれたら良いのに、私がパ
ソコンを閉じるまでアクビをしながら、ずっとそばに貼りついている。こ
れがまたスゴイ圧なのだ。で結局、私は負ける。お猫様が体をはってペー
スメーカーをしてくれるので、最近は12時前に寝て、朝、自然に目を覚ま
す。当たり前の生活スタイルに矯正されて、有難い。

04ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。
命のある限り、主の家に宿り
主を仰ぎ望んで喜びを得
その宮で朝を迎えることを。
詩編 27編4節

さっちゃん

坂の途中から2021年7月11日 中島 善子
 激しい大雨が続いている。朝早くスマホの警報がなって、飛び起きた。
調べたけれど、豊橋の河川の氾濫など情報はなかった。やれやれと思って、
ひと眠りしてから改めてネットを見てみた。すると熱海、沼津、箱根など、
自分にとって慣れ親しんだ土地に、大雨による様々な被害が出ていた。
 被害の動画を見ているうちに、息が苦しくなったってきた。特に熱海の
土石流の映像には言葉が出てこない。熱海は坂が多い。熱海教会も駅を降
りて、急な坂道の途中にある。坂道の両側にはホテルやマンションなどが
立ち並んでいる。叔父夫婦も退職後、東京から熱海の温泉付きマンション
に引っ越していた。そういう家庭も多くあったはずなのに、土石流によっ
て根こそぎ地面が崩れ去って、平穏な生活が一夜にして、なくなってしま
った。
 報道によると、土石流で深くえぐられた土地は盛り土されていたという。
しかも盛り土にしていたのは適切な土ではなくて、車など雑多な産業廃棄
物を埋め込んでいた。隠れているから、見えないから、大丈夫と思ったの
か。卑しい貪欲が、尊い命を飲み込んでしまった。つらい。

25律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。
杯や皿の外側はきれいにするが、内側は強欲と放縦で満ちているか
らだ。26ものの見えないファリサイ派の人々、まず、杯の内側をき
れいにせよ。そうすれば、外側もきれいになる。27律法学者たちと
ファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。白く塗った墓に
似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆ
る汚れで満ちている。
マタイによる福音書 23章25~27節

薔薇
今朝(7月11日)教会で咲いた祈りという名前のバラです。

坂の途中から2021年7月4日 中島 善子
 台風5号の接近が心配だったが、牧師就任式を無事に終えることができ
た。就任式の準備そして当日の進行も、長老をはじめとする教会の方々が、
段取り良く行ってくださった。
 就任式はこれで4回目。司式はこれまで私より年上の先生だったけれど、
今回は年下の先生による司式で、年月の流れを感じた。そして今回の就任
式はコロナの非常事態の最中ということもあって、すべてを簡略化してい
たにもかかわらず、一番印象的だったように思う。ここが、豊橋東田教会
が、主イエス・キリストによって遣わされる最後の任地だと信じているせ
いなのかも知れない。
 神学校を出たばかりの若さとか体力など、とっくに尽きている。波乱万
丈の中をひたすら意地と根性で泳いできた日々など大昔の夢物語のようで、
今は実感もない。例えると今の自分は出がらしの茶葉。そんな者が豊橋東
田教会に遣わされた。教会に仕える伝道者としての務めを、どのようにし
て仕上げていくのか。自分の中に頼れそうなものは何もない。あとは主が
すべてを仕上げてくださることに固く信頼して、主にすべてを委ね切って
生きるだけだ。

3あなたがたは、それほど物分かりが悪く、“霊”によって始めたのに、
肉によって仕上げようとするのですか。4あれほどのことを体験したの
は、無駄だったのですか。無駄であったはずはないでしょうに……。
5あなたがたに“霊”を授け、また、あなたがたの間で奇跡を行われる方
は、あなたがたが律法を行ったから、そうなさるのでしょうか。それ
とも、あなたがたが福音を聞いて信じたからですか。6それは、「アブ
ラハムは神を信じた。それは彼の義と認められた」と言われていると
おりです。
ガラテヤの信徒への手紙 3章3~6節

さっちゃん

坂の途中から2021年6月27日 中島 善子
 まだガラケーなので、スマホ代わりにタブレットを使っている。しかし
ニュースを読んでいても、勝手に色々なCMが入ってくる。
 CMに乗せられて、衝動買いをする人も多いと思うけど、売っている商品
が全部、必要とされて使われるのだろうか。売れ残った商品はゴミになっ
て捨てられてしまうのではないだろうか。ゴミとされたものは、最後まで
ちゃんと処分されるだろうか。タブレットに勝手に入ってくるCMで、余計
なことまで考えてしまう。
 我が家の支出は、教会関係費をのぞくと、食料品などの消耗品が一番多
い。今年の引越しで断捨離を経験したこともあって、衣服をはじめ、形に
残るものは、なるべく買わないように心がけている。人生の第四コーナー
を走っているから、あれこれと形あるものに、心を奪われて、浮足立って
いる場合ではない。よそ見をしないで、しっかりゴールを見つめていない
と、最後に「得意の迷子」なんてことになりかねない。そんなのイヤだ。

24後半あなたがたも賞を得るように走りなさい。25競技をする人は皆、
すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、
わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。
26だから、わたしとしては、やみくもに走ったりしないし、空を打つ
ような拳闘もしません。27むしろ、自分の体を打ちたたいて服従させ
ます。それは、他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者に
なってしまわないためです。
コリントの信徒への手紙一 9章24後半~27節

さっちゃん

坂の途中から2021年6月20日 中島 善子
 猫と同居して1年半ほどになるが、裸の気持ち、裸の体のまま、平気で
生きている猫の姿に、改めて驚かされる。たかが猫なのにと思うけど、人
と同じように喜怒哀楽をもっており、それを私の前で正直に表してくれる。
正直さに触れると、あたたかくなって、なんだか、うれしい。
 ある会合に陪席させてもらっている。各自が自由に自分について語りだ
す。決して簡単なことではないはずだけど、それでも自分を見つめながら、
原稿の無い言葉で語っている。聞いていると、いつしか胸が熱くなってく
る。
 この世で、先生と呼ばれる人たちの言葉を、様々な媒体を通して見聞き
する。立派な肩書があればあるほど、口から出る言葉と腹にある思いの落
差は大きくなるようだ。しかし人の目にはうまく隠せても、神様の目には
丸見えだということ忘れている。

10平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わす
のは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。
13それゆえ、主なる神はこう言われる。わたしは憤りをもって、暴
風を起こし、怒りをもって豪雨を降らせ、怒り狂って雹を石のよう
に降らせ、すべてを破壊する。14お前たちが漆喰を塗った壁をわた
しは破壊し、地面に打ちつけて、その基礎をむき出しにする。それ
が崩れ落ちるとき、お前たちもその中で滅びる。そのとき、お前た
ちは、わたしが主であることを知るようになる。
エゼキエル書 13章10節、13~14節

さっちゃん

坂の途中から2021年6月13日 中島 善子
 今月に入って、コロナワクチン接種について回覧板が回ってきた。夫は
私より早く接種できるはずだ。持病もあるし、年もとってきたから、早く
ワクチン接種を済ませて、抵抗力をつけて欲しいと思う半面、「ワクチン
の副作用に耐えられるかな」と不安も残る。
 私は元々、低体温なので、暑さには強いと思っていたけど、ここ数日、
急に暑くなって、仕事に身が入らない。「よっしゃ。シャワーを浴びて気
分爽快になろう!」と思ったが、シャワー浴びても、なかなか涼しくなら
ない。それどころかシャワーの熱が体に残ったまま、いつまでも引かない。
鏡を見ると、顔が真っ赤になっている。アレレ?涼しくなるためシャワー
浴びて、こんなになるか。体が年々、変化していくのに伴って、暑さ、寒
さへの抵抗力も変化しているようだ。
 20年近く、寒い土地に住んでいたためか、寒さへの抵抗力がついて強く
なったけど、暑さには弱くなってしまったのだろう。ということは、冬場、
豊橋で寒さが厳しくなっても、寒さには充分、耐えられる体になっている
ということではないか。変化するのも悪いことばかりではない。

山が移り、丘が揺らぐこともあろう。
しかし、わたしの慈しみは、あなたから移らず、
わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと、
あなたを憐れむ主は言われる。
イザヤ書 54章10節

さっちゃん

坂の途中から2021年6月6日 中島 善子
 6月に入ったばかりなのに、色とりどりのアジサイが教会に咲いて賑や
かだ。多くはガクアジサイで、白、青、ピンクなど、それぞれ色に濃淡の
変化をつけて咲いている。誰も教えたりはしないのに、草花は咲くべきふ
さわしい時期、ふさわしい色や形を忘れていない。
 「シルバ―川柳」と言うのをネットで見つけて「こういうの、あるある」
と大笑いしていたが、最近、忘れ物や失くし物が多くなってきたように思
う。引越のゴタゴタがあったにせよ、さっきまで自分が使っていたものを、
どこに置いたかくらい意識していても良いはず。それなのに情けないくら
い色々なものを置き忘れて、必要な時に見つけられない。そして悔しいこ
とに、探していたことも忘れた頃に、ひょっこり出て来たりするではない
か。
 しかし残り時間を考えると、本当に必要なことは、それほど多くない。
というより、キリストから永遠の命に向けて養っていただくことより、こ
の世で本当に大切で必要なことはない。そのことに、礼拝のたびに気づか
せていただけて感謝。

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。
しかし必要なことはただ一つだけである。
マリアは良い方を選んだ。それを取りあげてはならない。」
ルカによる福音書 10章41~42節

アジサイ

坂の途中から2021年5月30日 中島 善子
 ペンテコステの礼拝後、教会の方々と葦毛湿原と教会墓地に行くことが
できた。梅雨の晴れ間で、日差しがまぶしい。生い茂る緑の下で昼食をし
てから、湿原を皆で歩いた。湿原の中に板が渡してあり、歩道になってい
る。教会の方々は歩きなれている道なのだろう。誰も息を切らす様子もな
く、余裕で歩いて行く。山歩きの好きな長老さんが先頭で、道案内をしな
がら、湿原の草花などについて解説をしてくださる。てらてらと輝く新緑
に囲まれながら歩くのは、本当に久しぶり。ふりかえると夫の足がよろけ
ている。えっ!と思った。どこに行くのも車で、脚力が衰えてしまったの
を夫婦で実感。「これからは、お互いにもっと歩こうね」と帰りの車の中
で言った。
 猫のさっちゃんはご飯が大好き。でも去年の写真と比べると太り気味。
心を鬼にして「ご飯ください」攻撃を無視していた。すると数日ご飯をね
だらない。よしよしと思ったら何のことはない。ご飯の袋をかじって穴を
開けて、好きなだけ食べていたことが判明。そこで袋の破れをガムテープ
でしっかり直して、更に布袋に入れて口を結んでおいた。「これで大丈夫」
と思っていたが、翌日の夕方、結んでいた布袋が開けられガムテープで補
修してない箇所を、新たにかじって袋に穴を開け、たらふくご飯を食べて
いた!猫がここまでするとは!食うための知恵のたくましさに、私は思わ
ず口あんぐり。私は猫に負けた。

家を建てる者の退けた石が隅の親石となった。
これは主の御業わたしたちの目には驚くべきこと。
詩編 118編22~23節

さっちゃん

坂の途中から2021年5月23日 中島 善子
 先月、むくんだ自分の顔に驚いて医者に行き、検査を受けた。結果を聞
きに行くチャンスを(自主的に)逃してきたが、結果を聞くため、医者に行
ってきた。幸いなことに、腎臓も甲状腺も異常なしだった。引越しなどの
疲れが溜まっていたので、一時的なむくみだったのだろう。またコレステ
ロールが高いため、ずっと薬を飲み続けていた。ちょうど薬が切れたので、
医者に薬を求めたところ、意外にも「運動をしましょう」とのこと。ウォ
ーキングやスクワットなど、簡単な運動で良いとのこと。薬を飲まなくて
良いって、ありがたい!
 洗髪をしたり、ドライヤーを使う時、抜け毛が半端ないので、あるメー
カーの育毛剤をずっと愛用してきた。でも最近、気がついた。洗髪しても、
排水溝に抜け毛が全然、たまっていない。そしてドライヤーを使っても、
洗面所に髪の毛が落ちてない。なに、これ。超うれしい!
 夫が病気を抱えてから、血圧計を買って、毎日の数値を記録している。
私もついでに測る。血圧は気にしなくても大丈夫。けれども心拍数がバカ
高い。くつろいだ姿で部屋にいる時でも心拍数は、軽く120以上あった。
夫の倍の数値なのだ。何を一体そんなにドキドキ、ハラハラ、オロオロし
ているのか。それがこちらに来てから、薬も飲んでいないのに、心拍数が
100を切るようになってきた。毎日、心がホッとしているのが分かる。

何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。
箴言 4章23節

さっちゃん

坂の途中から2021年5月16日 中島 善子
 ホッとすることが立て続けに起きた。5月10日に地区の牧師会に行った。
会場教会の牧師が5月16日に就任式なので祝金をお持ちした。でも私の就任
式は未定。長老さんは4月5日に教区にメールで就任式の依頼をしたのに。
再び依頼メールをすると、失念していたとのこと。中部教区は広いので、
大変とは思うけど。担当牧師と日程を調整して就任式は6月27日に決まった。
登記などの手続きは既に完了しているから、これでまず一安心。
 5月も半ば、夫の保健証が届かない。病を抱えているのだが、とっくに薬
を切らしている。前任地で夫は私の扶養家族として保険証を教区から出し
てもらっていた。夫は待ちきれなくて、国民健康保険に入って、医者に行
くという。ちょうどその時、夫の保健証が届いたので、それをもって、医
者に飛び込んだ。大事に至る前に医者の薬を服用できて、ホッとした。
 新聞屋さんが集金に来て、購読料の振込手続きについて話をしていた時、
牧師館の戸が開いていた。戻ったら、猫がいない。部屋も押し入れも探し
たのに、いない。戸が開いていたから、逃げ出したのかも知れない。
土地勘がないから迷子になるし、車にはねられたら大変だと夫と、二人で
「さっちゃーん!」と叫びながら近所を必死で探し回った。小雨も降って
きたけど、見つからない。私は会堂で祈ってから再び外に出た。やっぱり
見つからなかった。落胆し、ふと駐車場から牧師館を見ると、応接間の窓
辺に猫の影。「さっちゃん!」目がクラッとするほど安堵した。神様あり
がとうございます。心から感謝します。

心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、私をも信じなさい。
ヨハネによる福音書 14章1節

さっちゃん

坂の途中から2021年5月9日 中島 善子
 あるものを買いに、夜だったけれど、コンビニに出かけた。でもコンビ
ニのある場所が分からないので、ナビに頼りながら歩いて行った。なかな
か思っていたものがなくて、結局、3軒のコンビニを探して、歩き回ること
になった。
 教会の周りを1人で歩いたのは今夜が初めて。大きな道路を離れると、
一戸建ての住宅がずっと続いている。ここらへんは閑静な住宅街なんだ
なぁと思うと同時に、伝道するには守りが堅くて大変だとも思った。そし
てある家の前を通りかかって、足が止まった。バラがたくさん、本当にた
くさん咲いている。この時期に、こんなにたくさん、バラが咲くの?
 バラが咲き出すのは6月に入ってからと、ずっと思っていたから、軽い
カルチャーショックを受けて、教会に戻ってきた。
 翌日、教会の玄関を出て、ふと見上げると、ピンクのバラが咲いている。
2mほどの高さ。えええ!今まで気づかなかった。
教会の玄関のすぐ横にこんなに大きなバラが咲いていたのに、なぜ気づか
なかったんだろう。ツボミもたくさんついている。これからも咲き続ける
と思ったら、うれしくてたまらない。
 あまりにも自然に、きれいに咲いているけど、誰かが手入れをしていた
のだろうか。否、私達を驚かすため、神様がこっそり手入れをしておられ
たのだ。

栄華をきわめたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾っては
いなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草で
さえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたには、
なおさらのことではないか。信仰の薄い者たちよ。
マタイによる福音書 6章29~30節

さっちゃん

坂の途中から2021年5月2日 中島 善子
 我が家の「お猫様」が、私を呼んでいる。呼んでも来ないと分かると、
仕事をしている私のところまでエサのお皿が入った猫のキャリーバックを
力づくで引っ張り、持ってきてしまう。「ご飯ください」のアピールだ。
ウソがないというか単純明快と言うか、私は「お猫様」のアピールにいつ
も負けてしまう。
 19年間、住んでいた静岡県から愛知県への引越しの準備やら片付け、様
々な手続きを、仕事をしながらやっていた。当然のことだけど、疲れがた
まっていたのだろう。
 朝起きて鏡を見てビックリした。「誰ですか?」。上まぶたがはれてい
る。指も太くなって、ゆるゆるのはずの結婚指輪が、引っ張っても抜けな
い。「ヤバイ。腎臓に来たかな」。
 昔、赴任したばかりの教会で腎臓を悪くして入院したことがある。ずっ
と忘れていたけれど、人の肉体と言うのも、ウソがないというか単純明快
だ。本人が自覚していないのに、事情もわきまえず、勝手にアピールして
くる。
 まだこちらに来て病院も分からない。ネットで病院を調べて近くて通い
やすいところを検索して、行ってみることにした。検査をして薬をもらっ
てきた。しかし検査結果を聞くために、また病院に行かなくてはならない。
「面倒くさいなぁ…」という心の声も、恥かしいくらいウソがなくて単純
明快。

怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を捨てなさい。
互いにウソをついてはなりません。
コロサイの信徒への手紙 3章8節後半~9節前半

 どんなに恥をかこうとも、ウソや偽りがありませんように。常に真実な、
心からの愛と祈りと讃美と奉仕を、神様にお献げすることができますよ
うに、聖霊なる神様が、教会のすべてを、また私達のすべてを、御心にか
なうように導いてください。

さっちゃん

坂の途中から2021年4月25日 中島 善子
 法人代表登記手続きも無事に終わり、牧師館に山積みされた段ボールも
ほぼ片づいて、周りが整って来たら、牧師館の庭に運んだバラの鉢植えが
気になってきました。庭にある背の高い木と駐車場の木に囲まれて、日当
たりがいまいちです。
 また枝と枝の間が密集していて風通しも悪くなっています。風通しが悪
いと、害虫が発生したり、病気になりやすいので、植木を手入れするため
の小さいノコギリと剪定ばさみで、木の枝を切り落としてみました。
 密集していた木の枝が、少しだけ風の通りが良くなりました。すると背
の高い木が、空に向かって枝を大きく広げて、深呼吸しているように見え
ました。駐車場の脇の枝は手強そうなので、これから少しずつ手入れをし
ていこうと思います。
 庭の真ん中にある背の高い木が、風通しが良くなったせいか、午前中、
バラの鉢植えにも日があたっています。
 そしてまだ4月なのに、バラに早くもツボミがついています。豊橋が暖か
いせいでしょう。御殿場で育ったバラが「春が来た」と、あわててツボミ
をつけたようです。そして周りの風通しを良くしたので日当たりも良くな
り、バラにつく害虫もこれから防いでくれるでしょう。
 私達にも教会にも日当たりと風通しがとても大事だし、必要です。暖か
く、まぶしく輝く神様の愛の光に、いつでも充分、照らされることで、私
達また教会は、愛して生きる力を豊かに受け取ります。更に神様からの聖
霊が強く吹きつけることで、私達また教会全体が、神様の御心を喜んで受
け取り、心からの感謝と讃美をもって、御心に従って生き始めます。
 ご一緒に神様の愛と聖霊を祈り求めていきましょう。

さっちゃん

坂の途中から2021年4月18日 中島 善子
 牧師は「法人の代表役員」と言うことになっていますから、牧師交代の
時に、代表役員交代の手続きを法務局で行います。必要な書類はすべて用
意されており、私はそれに署名と捺印をするだけでした。勿論、法務局に
届け出をするため、市役所で印鑑登録をして印鑑証明書も入手しました。
そして法務局豊橋支局に予約電話をすると、法人関係の登記は豊橋支局で
はなく、岡崎支局とのことでした。えっ岡崎って、どこですか。
 法務局岡崎支局に10時40分の予約をした後、ネットで場所を調べました。
私は昔から重度の方向音痴なので、電車とバスを乗り継ぎ、予約時間まで
に到着できるか。しかも予約日は雨の予想です。傘をさして彷徨う姿があ
りありと目に浮かびました。
 結局、夫の運転で、タブレットのナビを利用して行くことになりました。
ナビは「200m先、右折です」と案内してくれるのですが、距離感がつかめ
ず手前で曲がったり、通り過ぎたり。
 でも間違った道を走っても、そこからナビが修正して、目的地に向けて
新しい道を案内してくれるのには助かりました。
 私達は人生という道を日々、歩んでいます。神様に導かれて歩いている
はずなのに、いつのまにか御心を踏み外しています。
自分が迷子になっていることにさえ気がつかないで進み、八方ふさがりに
なって、ようやく過ちに気がつくのが私達の常です。
 でもそれで終わりではなくて、私達には神様ナビがあります。厄介な袋
小路に迷い込んでも、神様ナビは必ず私達を導き出し御心に向かう正しい
道を大声で告げて、目に見える形で示してくださいます。私達は礼拝で聖
書を読んで、御言に聴きます。そのたびに私達は御心に向かって、何度で
も何度でも軌道修正していただけます。神様ナビに感謝です。

さっちゃん

坂の途中から2021年4月11日 中島 善子
 4月に入り、音楽家の武久 源造先生からメールが届きました。武久先生
は10年程前から御殿場教会でクリスマスコンサートでパイプオルガン、チ
ェンバロ、ジルバーマンピアノなどを駆使して、素晴らしい演奏をしてく
ださっていました。でも昨年はコロナのため、泣く泣くコンサートをあき
らめました。
 CDやYouTubeなどで武久先生の演奏を聴いていましたが、今月いただ
いた先生からのメールに驚かされました。
 先生も各地でのコンサートが中止になり、仕事がない日々が続いていた
そうですが、それをチャンスとして日々、猛練習をしているというのです。
「時間がタップリあるから」と言って、大ベテランの先生が日々、猛練習
をしている・・・・・。
 そして更に驚いたことに、「今までには分からなかった新しい音楽の景
色が見えてきています。また実演を聴いていただきたいです」と書いてあ
りました。「武久先生でも分からないことがあったんだ」と改めて思いま
した。
 分かったふりをして立ち止まったら、そこまでです。芸術も信仰も、人
が生涯かけても極め尽くすことができない奥深さがあります。だから立ち
止まりたくない。分かり切った顔をして、満腹した顔をして、立ち止まり
たくない。
 今まで気づかず、知らなかった、分からずに通り過ぎていた信仰の恵み
と豊かさ。毎週、神様が招いてくださる更に奥深い信仰の世界に出会わせ
ていただきたいと切に祈り、前のめりになって、頭から、顔面から、思い
切って神様の中に飛び込み、礼拝の度毎に、神様と新しく出会って大いに
驚き、畏れ、踊りあがって神様を喜び、感謝し、ほめたたえつつ、今日、
新しくお会いする神様を拝みたいのです。

さっちゃん

坂の途中から2021年4月4日 中島 善子
 「あなたがたに平和があるように」(ヨハネによる福音書20章19節)と、
復活の主キリストが弟子たちに挨拶をされたのは、復活日の夕方でした。
弟子たちはユダヤ人を恐れて、鍵のかかった部屋に閉じこもっていました。
 おはようございます!! 2021年度から豊橋東田教会に新しく仕えさせて
いただきます中島 善子です。今日、主が復活された朝に、皆様にご挨拶さ
せていただきます。
 前任地の静岡県御殿場市も初めての地でしたが、愛知県豊橋市も初めて
の地です。分からないことだらけです。
 でも新しい任地が豊橋と分かると、皆さんが「温暖で、食べ物が美味し
い良いところだよ」と教えてくださいました。そして豊橋東田教会のホー
ムページなどを拝見したり、親しい牧師たちからの話や、これまでの対応
をサポートしてくださった長老会の暖かさに、私はとても感動し、喜び、
感謝しています。
 何よりも、私を豊橋東田教会の牧師として用いてくださる主イエス・キ
リストに感謝しています。
 生活の場としては初めての地で、何も分かりませんが、主が導いてくだ
さった地ですから、恐れはありません。
 自分の恐れの中に閉じこもっているのではなく、ただ教会の主であるお
方への畏れをもって、残りの命を余すことなく、献げきって、主の教会に
仕えさせていただきたいと、祈り願っています。
 どうぞよろしくお願いいたします。陰府の中から死人を復活させて、永
遠に生かしてくださる神様の愛に信頼して、ご一緒に父・子・聖霊なる神
様を喜び、感謝し、ほめたたえて行きましょう!

さっちゃん

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©共同訳聖書実行委員会
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